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元厚生労働省事務次官 村木 厚子氏 特別講演

「働き方改革はなぜ必要か?」 前篇

母として、妻として、一流のビジネスパーソンとして、国の働き方改革を先導してきた村木氏の講演を前後篇でお届け。

ナツママ

村木氏は、厚生労働省4人目の女性局長として、2008年に雇用均等・児童家庭局長を務めた後、内閣府政策統括官、厚生労働省社会・援護局長を歴任され、2013年7月から2015年10月まで厚生労働事務次官を務められました。そして、現在は伊藤忠商事の社外取締役に就任するなど、多忙な日々を送る傍ら、各地で「働き方改革」をテーマにした講演も多数開催しています。

当社本社のある晴海トリトンスクエアにて「働き方改革はなぜ必要か」と銘打ち、村木氏の講演会が実施されました。社内で実施された講演会では過去最多の700名が参加し、開催後のアンケートでは、98%が「講演内容に満足した」と回答するなど非常に充実した内容の講演会となりました。今回は、この講演を2回にわたってお届けします。

満席の会場
真剣な表情で聞き入る参加者

「社員が3万人、かつ女性比率の高い会社で、これまで我々が一生懸命お願いしてきた働き方改革の取り組みを先取りしてやっていただいているベルシステムさんで、今日お話ができるのをとても楽しみにしてきました。」と切り出した村木氏。

冒頭では、まず統計データを見ながら現在の社会が抱える社会保障費の増加や少子化などの問題点について確認した後、

  • 今後、孫の世代の負担をどう減らしていけばいいのか
  • 今後の日本における働き方改革で大切なことは何か
  • なぜ働き方改革が必要なのか
  • 改革に成功する企業には秘密があるか

といった話題を中心に、ご自身の経験や事例を交えて語っていただきました。

村木氏

村木 厚子むらき あつこ

1955年 高知県生まれ
1978年 高知大学卒業、労働省(現厚生労働省)に入省し、女性政策、障がい者政策などに携わる
2008年 同省雇用均等・児童家庭局長
2012年 同省社会・援護局長
2013年7月〜2015年10月 同省厚生労働事務次官

現在は、伊藤忠商事社外取締役(2016年6月ご就任)
津田塾大学客員教授、SOMPOホールディングス監査役などに就任。

全国での講演や執筆など、多方面でご活躍中。

健康で知的な女性を活用できない「もったいない国」日本

「日本は良くなっている。でも他の国はもっと早いスピードで良くなっている」政策担当者としてものすごくショックでした

あるランキングにおいて、上位国はスウェーデン、ノルウェー、フランス、デンマーク。一方、下位国が日本・ギリシャ・イタリア。下位の国に共通するのは財政状態が悪いこと。

「これは、働く女性の数と子どもの出生数がどちらも多い国のランキングです。日本はと言うと・・・、少ない国に入っています。下位に位置する国は、韓国、ギリシャ、イタリア、スペイン。世界情勢に詳しい方はお分かりになるかも知れないですが、共通するのは国の経済状態や財政状態が悪い国です。」

※ OECD Family databaseを元に試算した2010年度のデータ

このランキングで下位であることは心配だと言う村木氏。

「働く女性はこの社会を支え、子供は将来の社会を支えるので、両方とも少ない国が良くなるはずがない。でも女性が働けば子供が生まれやすくなるわけではないですよね。つまりこの上位の国は働いても子供を持ち、家族を持って、両立できている国ということになる。日本もなんとか今の状態を脱しなくてはならない。」

さらに、2017年「世界経済フォーラム」レポートによる男女の格差を測る調査結果によると、日本は144か国中114位。これは調査を始めてから過去最低の数字だった。

「このランキングを見て、私は思わず問い合わせをしたんです。いま日本では女性活躍を頑張っていて、課題はあるにせよ、前よりは良くなっている実感がありますよね。ところが順位が下がっている。これは何かデータの使い方が間違っているんじゃないかと問い合わせしたんです。帰ってきた答えは、『日本は良くなっている。でも他の国はもっと早いスピードで良くなっている。』というもの。政策担当者としてはものすごくショックでした。」

ランキングが落ち込む原因の一つは、女性の経済活動への参加度が低いこと。特に理系の女性が少ないため、貢献分野に偏りがみられることや、政治の場での活躍度合が低いことが原因だと言う。だが一方で、女性の健康面や教育水準の高さは世界トップレベルである日本。

「海外からは、『とても健康で教育水準の高い女性を育てておきながら、その力を活用できていない “もったいない国” 日本』と言われている。逆に言えば、後は活躍の場を用意するだけとも言えると思います。」

また、生涯働き続ける女性の割合が低いことも原因の1つ。

「育児休業、介護休業できるから、仕事続けられるようになったよねと言うんですが、それだけじゃダメなんです。続けられない理由を聞くと、フルに働けない人に対して、(周りが)ウェルカムではない雰囲気である。結局ベンチを温めたり、二軍選手でやっていくしかないね、という雰囲気が職場にあふれている。これがなかなか難しい。」

そして村木氏がまたもショックを受けたという、あるグラフを見せてくれた。

「6歳未満のお子さんのいる家庭の夫、つまりお父さんの、1日の家事時間を国ごとに比較したグラフ(※)を見ると、日本は平均1時間。私の世代から見ると男性が平均1時間家事育児をするのはけっこう立派だと思うのだけれども、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・スウェーデン・ノルウェーという欧米諸国はだいたい平均3時間やっているんです。家事も2人でやるのが一般的になっている欧米に比べると、日本はまだ “お手伝い”。これもすごくショックを受けましたね。

日本では結局、女性が家のことをやらないといけない。となると、フルで働けないですし、企業が単に女性が働ける環境を提供すれば解決というわけではない。みんなの働き方、暮らし方が変わらないと、少子化問題も解消しないし、女性の活躍もないんだ、ということがわかってきたんです。」

※ 引用:平成25年度の男女共同参画白書「第1-3-6図 6歳未満児のいる夫の家事・育児関連時間(1日当たり)」より
http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h25/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-03-06.html

何のために、働き方改革をしているのか

仕事も楽しめて、子供達にも未来を残せて、子育ても介護も、家族としての役目もちゃんと果たせる、そんな好循環の仕組みを作るために、改革がある

未来の子ども達が苦労しないためには、他に何が必要なのだろうか?

「今までのように、残業OK、 転勤OKという人たちだけではこの社会は支えきれない。女性のみならず、すべての方が危機感を持って、働く場へ参加することが必要になってくる。そのためにはいろいろな働き方を受け入れなくてはいけない。さらに、いろいろな働き方の中で、それぞれがフルに力を発揮できる仕事に “いかに就けてあげられるか” 、その人の力を最大限発揮できる仕組みをどう作るか。これが大事なんです。」

村木氏は自身でよく紹介するという雇用政策研究のあるレポートを紹介してくれた。

「このレポートの一番好きなところは一番上に赤い字で雇用政策の将来のビジョンが書いてあるところです。ビジョンは、『仕事を通じた一人一人の成長と、社会全体の成長の好循環』。

働き方は違うけれども、それぞれが仕事を通じてちゃんと成長ができる。“仕事をやっててよかった、昔の自分よりもステップアップしている” と思える場面が増え、一人一人がステップアップすることによって会社がより強くなり、業績も良くなって。そして、そういった業績のいい会社が増えることで、社会全体の暮らしも良くなっていく。そういう好循環がいかに大事かということをこのレポートは言っています。働き方改革に関する雇用政策はたくさんあって、それぞれ大切なのですが、『何のためにやっているか』を明確にしているところが、非常に良い、大事なレポートだと思います。

やっぱり私たちが、仕事も楽しめて、子どもたちにもきちんとした未来を残せて、子育ても介護も家族としての役目もちゃんと果たせて、個人の幸せと社会全体の幸せと会社の発展がうまく循環する仕組みを作ることがこれからの課題ではないかと思います。」

多様な働き方を受け入れると本当に生産性は上がるのか

成果が出るには時間がかかる。混乱した時にねばれるかどうか、それが成功を左右する

今後人口が減り社会全体が縮小していくと言われている日本。その中で成長を維持していくには、一人あたりの生産性向上は避けられない課題だ。

「日本は生産性のランキングがまだまだ低い。これは長時間労働が原因で労働時間を削減すると生産性をかなり伸ばせると言われています。ただ多様な働き方を受け入れながら生産性を上げるということになるので、育児・介護で残業できません、転勤しません、3時間しか働けません、など、そういう人がたくさんいる中で果たして生産性を上げられるのかということが次の疑問として出てきます。」

これについては、慶応大学が出した面白い調査があると言う。フレックスや多様な働き方を受け入れた企業でその後の生産性がどうなったのかを調査したものだ。*

※ 『ワーク・ライフ・バランス施策は企業の生産性を高めるか?― 企業パネルデータを用いたWLB 施策とTFP の検証 ―』

「結果は、『制度導入後ちょっと停滞の時期があるが、その後急速に生産性が上がる』だったんです。それともう一つ、『制度を小出しに出したところは失敗する。やれることを一気にドカッとやった方が成功しやすい』という結果が出た。これはシンプルに考えるといくつか思い当たることがあります。」

村木氏はラグビー全日本代表を引き合いに出した。

「私はラグビーが好きでよく見るんですが、日本のラグビーは最近強くなりましたね、急速に。もしユニフォームを着ていなかったら、どの国のチームかわからないくらい多様な目の色、髪の色、皮膚の色の選手が入っている。これって日本のラグビーは強くなった、と喜んでいいことなのかな、と最初は思いました。ところがしばらく経ってから、監督がこういうことを言っていたんです。『海外からいっぱい選手を連れてきた。その段階では日本のチームは強くならなかった。ではいつ強くなったのかと言うと、時間をかけてその選手にジャパンウェイというのを浸透させた。それが確立した時、日本のラグビーは強くなった』と。

これは会社も似ているなと思いました。いろんな人を連れてくる、いろんなニューカマーの人を連れてくる。混乱するし、そんな多様な働き方を作っただけでは会社は強くならない。そういういろいろな人たちがチームとして、ジャパンウェイに相当するものを持てるかどうか、会社は従業員にそれをどう浸透させるか考えて実行する。そして初めて、会社が強くなる。

ただ、それにはちょっと時間がかかるんですね。混乱した時に諦めてしまう会社はけっこう多くあるんです。すぐに上手くいかなくても間違いではないと思えたら、時間をかけてどうやって克服するか、そこをねばれるかどうか、それがおそらく成功する企業とそうでない企業を分けていくのだと思います。」

<後篇に続く>

質疑応答

Q. 女性管理者比率を上げるなど、女性が優遇されていると思われるケースがあるように感じる。どう向き合えばいいか?

A. オファーがあったら受ける。でも会社側は女性が気を遣わないような環境の配慮を。

間接部門所属女性 本日は貴重なお話をありがとうございました。うちの旦那や直属の上司にも聞いてもらいたいな、と率直に思いました。働き方改革が、どういう経緯で、今の形になってきたのかということが今回の講義で大変よくわかりました。

会社が女性登用を推進する中で、女性だから有利だと思われることがあると思います。同じ立場の男性社員から不満の声が上がったり。そんな時、私たちはどう向き合えばいいのかなと。心構えとしてアドバイスをお願いします。

村木 女性として一番気を使うところですよね。今は例えば男性だと三十歳になり、じゃあそろそろ係長だなと言われるけど、女性は係長になりたい?なりたくない?と聞かれちゃうことがある。そこは会社が男女問わず標準は同じ、という体制を早く作ってあげることが大事です。

でも実際そうではない中で、女性はどう向き合えばいいか。私自身は、オファーがあったら受けなさいと言っています。それは周りがどうこうではなくて、会社が第三者的、客観的に見て能力を評価してきているので、それをちゃんと受けていくのが社員としての責任だと思うので、それはやってください、と言っています。

一歩前に出るとそれが次の一歩につながる。逆に最初の一歩を躊躇していると、どこにも行き場がなくなるし、そうするとだんだん余分な脂肪が体についてきて、よくない顔になるので、やはり、ちゃんと受けた方がと良い。一方で会社には、女性が気を遣わなくてはいけない状況にいることを理解していただければ、と思います。

ある県で聞いて非常に面白かったんですが、女性は、「やりたい人、手を上げろ」と言われても、 出た杭は打たれるので、手を上げられない。だから会社から、「○○さん、ぜひやってくれ」と言ってもらって、かつ一回断るから、もう一回「ぜひやってくれ」と言ってほしいという話がありました。(笑)要するにやはり出る杭は打たれるという風土は日本にはあるんですよ。特に女性はそういう厳しいところに晒されるので、多少無理やりやらされたと言える状況を作ってあげることが大切かも知れないですね。

Q. 働き方改革の浸透が遅い理由に、価値観や文化など日本特有の理由はあるのか?

A. 日本特有の文化がスピードを遅くしている部分はある。企業は思い切った施策も必要

男性役員 改革が進んでいる国と比べた時、日本がうまくいかない理由として、日本の特殊性と言いますか、価値観や文化などの中に原因がありますか。

村木 いくつかあると思います。まずヨーロッパの国々は割と家庭を大事にしますよね。男性でも会社の命令で転勤することはあまりありません。プライベートを大事にすることが社会人として大事だと思われている国と、家族や生活を一切見せずに仕事一途が良いと思われている国での文化的な差はあると思います。ヨーロッパはそういった文化もあって労働時間そのものがかなり短い。その分パートタイムとフルタイムの間の平等な政策というのはすごく早く進んだんですね。

それともう一つは日本の年功序列の考え方。日本は女性が課長になるまでに20年かかるのは珍しくないわけですが、欧米は若くても女性の役員を連れてきちゃうとか、課長を外から公募してさっと女性が課長になるとか。横型の労働移動がかなりあるので前に進むスピードが早くなる。例えば、日本の場合、男性社員が20年間一度も休まずにやってきたことが評価され課長になる一方で、産休を2回とった女性社員は、優秀でも昇進させるか、つい考えちゃう。それをやっているとスピードがすごく遅くなるんですね。

会社はその意味でも思い切ったことをやった方がいいですね。その時は混乱するように見えるけれど、何年かたつと、当たり前になっていくもの。割と変化を怖がるのがいまの世代かもしれないですね。

後篇では、働き方改革に取り組む企業に、成功の秘訣はあるのか、人生100年時代を前に、企業は、私たちはどう準備をしていくべきなのかなど、より具体的な事例を交え紹介します。

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