東浜巨(福岡ソフトバンクホークス)×天野敬太(ベルシステム24ホールディングス)スペシャル対談
2017年度最多勝投手が、夢を実現した原動力、沖縄への想いを語る。
皆さん、こんにちは。ポロシャツです。まだ少し残暑が続いておりますが、朝晩は肌寒い日も増えてきました。1年中ポロシャツを着用している私には特に関係のない話でしたが、そうではない皆さんは風邪など引かないように体調にはお気をつけくださいね。
さて、夏の終わり、初秋の9月20日といえば、「コンタクトセンターの日」ですね。
これは、国内初のコンタクトセンターサービスを開始した、当社ベルシステム24の創業日に由来しており、2017年に日本記念日協会に認定された記念日です。2年目を迎える今年も、親善大使の当社OG・大久保佳代子さんを迎え、さまざまなコンテンツを発信していく予定です。
さて、2018年の『コンタクトセンターの日』の特別企画は、今年の3月に当社イメージキャラクターに就任した、福岡ソフトバンクホークス東浜 巨(ひがしはま なお)選手と、当社天野CFOのスペシャル対談です。
対談は、2018年9月5日、千葉ZOZOマリンスタジアムにほど近いホテルの一室で行われました。
福岡県出身、大の鷹党(ホークスファン呼称)である天野CFOが、東浜選手の強さの秘密に迫ります!
対談開始!
天野 昨日は直前の中止だったと思いますが、直前の中止というのは、どんな気持ちなんですか?悔しい?
(※ 登板予定だったインタビュー前日の試合は、試合開始5分ほど前に急きょ中止に)
東浜 そうですね、僕も投げる気満々だったんで。試合をやる前提で投げ込みをして、ベンチに戻ろうかというときに電話がかかってきて、中止になったって聞いて。もっと早く言ってくれって。
東浜・天野 (笑)
天野 火曜日の法則でいくと、来週の火曜日に登板ですよね。次が楽天で、その次がロッテの予定ですよね。楽しみにしてます。
今日は何でもしゃべっていただいて。あとで編集しますので。余計なことでもしゃべっていただいてかまいません(笑)。よろしくお願いいたします。
東浜 (笑)わかりました。
天野 改めまして、シーズン終盤のお忙しいなか、ありがとうございます。
我々ベルシステム24はですね、ヤフオク!ドームのバックネットに看板を出しているんですけれども、ご存じでしょうか。
東浜 はい、知っています。
天野 ありがとうございます。当社、どんな会社かっていうのはご存知でしょうか。
東浜 コールセンターとか。人材派遣とか。
天野 正解です。さすが、(コールセンターが多くある)沖縄の男ですね!
東浜 (笑)いえいえ。
天野 当社は、コールセンターを運営していまして、全国に32拠点、沖縄では、登川に1つ、北谷に2つ、豊崎に1つの4ヶ所で展開していて、1,300人ぐらいの方が働いています。
天野 ソフトバンクホークスの親会社であるソフトバンクさんが我々の最大のお客さんでして、ソフトバンクユーザーさん向けの問い合わせ窓口などをやっています。
東浜 なるほど。
「好きなことを仕事にできている」練習量が多い、努力家の東浜選手。その原動力は?
天野 私自身は博多の生まれで、昔は野球少年だったんです。今日は、若干緊張していますが、せっかくの機会ですので、いろいろ聞かせていただきます。まず、「東浜さんはかなり練習をされる」と聞いていますが、その原動力は何でしょうか。
東浜 そうですね。やっぱり一番はこうやってずっと好きな野球をやってきて、日本の球界のトップのところでやらせてもらっているというところで、なんていうんですか、妥協できないな、という。やっぱり見られる職業なので、恥ずかしいプレーはできないっていうのが一番。
好きなことを仕事にできているっていうところで。練習してキツいことをやっているっていう感覚よりも、これが普通の感じというか、当たり前にやっている感じです。特別なことをしている意識はないですね。
天野 例えば昨年でいいますと、年間で本当に休んでいる期間ってどれぐらいあるんですか。
東浜 シーズンが終わって…。3日、4日ぐらいじゃないですかねぇ。
天野 野球を始められたのは小学校2年生ですよね。
東浜 はい。小2ですね。
天野 その頃からプロ野球選手になるという夢を持っていたのでしょうか。
東浜 そうですね。野球をやり始めた頃から、もちろんプロ野球選手になりたいと思っていました。
天野 では本当に幼い頃からの夢を今叶えたんですね。
東浜 はい。そうですね。そうなります。
天野 憧れの選手とかいましたか。
東浜 僕が小学校の時には、横浜ベイスターズが強くて。
東浜・天野 大魔神(佐々木 主浩投手)の時(ですね)。
東浜 その時(佐々木投手の)本をよく読んでいたんで。先発じゃなくて、抑えの佐々木さんに憧れていたほうです。
天野 すごいストレートを投げてましたもんね。
東浜 あとフォーク。すごいなぁ、と思って見ていました。
小学2年生からプロ野球選手を夢見ていた東浜選手。プロになれる手ごたえを感じたのはいつ?そして、現在の活躍の土台になっている「努力の期間」とは
天野 野球を続けていくなかで、プロになれるという自信というか、確信を持たれたのはいつぐらいでしょうか。
東浜 いや、なかったです。そんな全然。
天野 甲子園で優勝してもなかったのですか。
東浜 はい、なかったです、全然。プロに行っても全然通用しないと思っていたんで。「いけるだろうな」という思いはなかったです。プロになるためにはどうしたらいいかとか、そういう思いはありましたけど。
ドラフトのときは、安心したのが一番の思い出です。「指名してもらえたんだ」っていう。
天野 東浜さんは、あの年のドラフトでは、大学生の中ではナンバーワン。複数球団が指名するだろうと世間は見ていたものの、ご本人はそうではなかったと。
東浜 全然そんなことないです。「本当かな」という。みんなそうだと思うんですけどね。本当に指名されるのかなっていう。
天野 プロになられて、大ブレイクという言い方は失礼かもしれませんけれども、昨年16勝で最多勝を取られて、飛躍のきっかけというものはあるのでしょうか。
東浜 そうですね、入団してからの3年間、ずっとくすぶっていて、自分の中でもどうしたらいいかわからないっていうところもありました。あの3年間があったからこそ、今こうやって1軍でできているのかなっていうのもありますし、モチベーションになってますね。
今年、怪我をしてファームに行き、復帰登板の2軍戦で投げた時も「ここで投げていたらだめだな」っていうのは思いました。そこが土台になっているかな、と思っています。
天野 なるほどですね。東浜さんがピッチャーとして、このピッチャーすごいな、あるいはこのバッターはすごいなという選手、現役OB問わず誰かいらっしゃいますか。
東浜 現役OB問わずですか。誰だろう・・・。ピッチャーで言うと松坂大輔さん。僕の小さい時のヒーローなんで。
だから一緒に同じチームでプレーできるって聞いた時には、なんかこう、少年の時の気持ちが蘇ってですね。あいさつに行った時も、すごく緊張しました。
天野 今現役のバッターで対戦して、すごいなと思うのは?
東浜 対戦してすごいなっていうよりは、対戦しなくて良かったなって思う人が1人います。
天野 (間髪いれず)ギータ*ですか?
※ ソフトバンクホークスの外野手で背番号9番の柳田悠岐選手の愛称。2015年度パ・リーグMVP、NPB史上初のトリプルスリーと首位打者の同時獲得者。
東浜 (笑)そうですね。いやもう本当、味方にいてよかった~!!って思う選手ですね。
天野 彼は今まで、日本球界にいなかったタイプのバッターですね。
東浜 そうですね。なかなか、あそこまで振ってというのもありますし、走れますし。
すべてにおいてハイレベルなんで。純粋に勝負はしてみたいとは思いますが、相手の打線にいたら嫌だろうな、と思います。
東浜選手が注目の2018年甲子園出場選手は、金足農業のあの投手
天野 少し質問が変わりますが、今年の夏の甲子園は、かなり盛り上がりました。東浜さんがご覧になって注目していたチームだとか選手はいらっしゃいますか。そんな暇はなく練習していたかもしれませんが。(笑)
東浜 いや、けっこう見ていました。(笑)
そうですねえ、やっぱり、金足農業高校の吉田君じゃないですかね。予選の映像を見て「プロに行くだろうな」って思っていました。甲子園では決勝まで進出しましたし、すごいなっていう思いで見ていました。あと、今の高校生のレベルは高いな、と思いましたね。
東浜選手のふるさと、沖縄への想い
天野 先ほど、昨年は、オフは3日か、4日くらいというお話でしたけれども、沖縄には帰られる機会はあまりないのでしょうか。
東浜 いや、年末年始は帰るようにしています。自主トレは沖縄でやっているので、沖縄にいる期間は1ヶ月ぐらいはあるんじゃないかな。
天野 そこで練習する他に何かやられていることありますか?
東浜 沖縄に行ってですか?釣りですかね。
天野 釣り、お好きなんですか。
東浜 はい、がっつりじゃないですけれど。自主トレも、朝からやって(午後の)3時、4時ぐらいには終わるんで、日が沈むまでの1、2時間ぐらい。海がすぐ近くなので、竿を車に乗っけておいて、帰りがけにちょっと海に行って釣りをやって。
天野 なるほど。子供の頃からお好きだったんですか。
東浜 そうですね、お父さんの影響で。お父さんドライブが好きで、よく仕事終わりに海沿いに連れて行かれて。そういうのは好きかもしれないですね。
天野 沖縄を離れてもう10年ぐらい経っていると思いますが、故郷沖縄に対する想いを教えてください。
東浜 そうですね。やっぱり沖縄の人特有のあるあるなのかもわからないですけれども、いまだに帰りたいと思っているんで。(笑)僕にとっては、何て言うんですかね、「帰りたくなる場所」かなと思います。でも逆に、今帰ってしまうと、僕だらけそうなので。(笑)
天野 練習熱心な東浜さんが?
東浜 気候が良すぎるんです。(笑)でも今は頑張らないといけない時期なんで、僕はここで勝負したいです。
天野 あと福岡は入団してからなので6年目になるかと思うんですけれども、福岡の好きなところはどんなところですか。
東浜 僕、大学(亜細亜大学)4年間東京でしたけど、寮は武蔵引田っていう、ちょっと外れたところで。秋川とか、サマーランドのところです。電車も無人駅で、自分でボタンを押さないとドアが開かないような、そんなところなんで、あんまり東京感はなかったんです。福岡はご飯おいしいですし。あと、買い物しやすいですよね。(場所が)密集しているんで。
天野 でも、天神とか(目立って)歩けないでしょう?
東浜 いやぁ、歩いてますよ。
天野 サングラスとかマスクとかして?
東浜 いやいや、しないですよ。普通に。僕、野球選手の割に大きくないんで。意外とばれないんですよ。
天野 ギータとか歩いてたらバレバレですよね、デスパイネとか。
東浜・天野 (笑)
東浜選手のこれからの夢
天野 最後に、当社のコミュニケーターには、OB・OGにタレントの大久保佳代子さんなどがいらして、(現役の方のなかにも)当社の仕事をしながら音楽だとか芸能だとか、夢を持って働いている方も多くいらっしゃいます。
東浜さんの夢を教えてください。
東浜 そうですね。やっぱり長くプロ野球選手としてやっていたいな、と思っていますし、やっぱり自分が現役の間は、毎回優勝したいと思っていますので、そこが一番じゃないかな、と思います。入団してから幸いにもずっとAクラスでいるんで、そういうことをずっと続けられるように。そのチームの中心にいられたらいいなっていうのが今の夢ですかね。
天野 なるほど。本日はありがとうございました。
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天野 ・・・かっこよすぎるねぇ!!
東浜 いやいや、そんなことないです。
天野 いいなぁ、東浜さんに生まれたかったよ。これ(ユニフォーム)は私の私物なので、特にていねいにサインをお願いします。(笑)
対談後記
ピッチャーは小さい時からチームの中心 ≒ わがまま / おっかないヒトが多い、との誤解(?)をもってこの対談に臨みました。従い、対談の序盤では、とても緊張していました。しかし、話が進むにつれ、東浜投手の謙虚で朴訥(ぼくとつ)な人柄により緊張は解け、ひじょうに楽しい時間を過ごすことができました。とくに印象深いのが、「なぜ練習するのか?」「飛躍のきっかけは?」との質問に対する回答、沖縄に対する思い、そして夢を語る姿です。また「すごいと思うピッチャー、バッター」に現役バリバリの他球団の選手をあげないところに、ピッチャーとしての気の強さ、負けん気の強さを感じました。
この対談で、夢に向け努力を惜しまない東浜投手に多くの刺激を受けましたし、結果が出ない苦しいなかでも努力を継続することの大切さを再認識しました。野球選手に限らず、我々のように会社で働くヒト、なにかを目指しているヒトにとっても大事な姿勢、取り組み方・考え方だと思います。対談後、ホークス愛が一層、猛烈に高まっています。今年も日本シリーズまで精一杯応援します!(ただの野球ファンのオヤジでスイマセン、そして全国の東浜巨ファンの方々、いい役目をもらってスイマセン)
天野 敬太